プレスリリース

2026.10.29

酸化サマリウム焼結添加剤を用いて構造チューニングした LATP固体電解質の原子配列およびイオン伝導性の解明- 低価格の全固体リチウムイオン電池実現への期待 -

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
国立大学法人 京都大学

本研究成果のストーリー

 - Question -
  リチウムイオン導電性固体電解質Li1.3Al0.3Ti1.7 (PO4)3 (LATP) は、原材料や製造コストが安価であるため、低価格の全固体リチウムイオン電池の実現において有望な材料です。一方、蓄電池の高性能化において、既存のLATP固体電解質は未だ十分なイオン伝導率に到達しておらず、本系のイオン伝導率を改善するための方法について模索していました。
 - Findings -
  リチウムイオン伝導に最適な状態をつくるため、酸化サマリウム(Sm2O3)を焼結添加剤として使用することで、LATP固体電解質の微細構造および原子配列(結晶構造)を調整(構造チューニング)し、イオン伝導率を10倍程度上昇させることに成功しました。特に、粒子間界面のイオン伝導率(粒界イオン伝導率)を大幅に改善することができました。また、中性子回折法とX線回折法を併用し、本系の結晶構造について詳細に調べました。その結果、LATP中のPO43-イオンがSm2O3焼結添加剤と再結合し、SmPO4相やLiTiOPO4相を生成していることがわかりました。さらに、この反応によりLATPが微細化し、LATPの結晶構造内のLi含有量が変化することもわかりました。
 - Meaning -
  本系の微細構造や結晶構造およびイオン伝導性の解明によって、リチウムイオン導電性固体電解質のイオン流れに関する理解をより深めることができると考えられます。さらに、本研究成果が、全固体リチウムイオン電池、特に固体電解質の材料開発に大きく貢献することも期待されます。

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図1 リチウムイオン導電性固体電解質LATPの構造チューニングのイメージ図

120文字サマリー

  Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3固体電解質のリチウムイオン伝導率が10倍程度向上する新たな手法を見つけました。本系の原子レベルでのイオン伝導性解明により、今後の全固体電池の材料開発に大きく貢献することが期待されます。

概要

  全固体リチウムイオン電池(※1)の実用化を始めとした今後の蓄電池開発において、リチウムイオン導電性固体電解質は重要なキーマテリアルとなります。高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所 ソウ ホウシュウ CIQuS博士研究員、同研究所 森一広 教授、京都大学大学院エネルギー科学研究科 高井茂臣 准教授らの共同研究グループは、リチウムイオン導電性固体電解質Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3 (LATP)に対して、イオン伝導率(※2)が10倍程度上昇する新たな手法を見出し、本系のイオン伝導性を原子レベルで解明しました。

  LATP固体電解質は、原材料や製造コストが安価であるため、低価格の全固体リチウムイオン電池の実現において有望な材料です。一方、蓄電池の高性能化において、現状のLATP固体電解質は未だ十分なイオン伝導率に到達しておらず、本系のイオン伝導率を改善するための方法について模索していました。

  本研究では、希土類酸化物の1つである酸化サマリウム(Sm2O3)を焼結添加剤としてLATP固体電解質へ添加し、熱処理(1000℃)を施すことで、LATPの微細構造および原子配列(結晶構造)をチューニングした結果、未添加LATPのイオン伝導率と比較して10倍程度上昇させることができました。また、電気化学インピーダンス分光法(※3)より、粒子間界面のイオン伝導率(粒界イオン伝導率)が大幅に改善していることを明らかにしました。さらに、中性子回折法(※4)とX線回折法を併用し、本系の原子配列(結晶構造)を精密に決定しました。その結果、LATP中のPO43-イオンがSm2O3焼結添加剤と再結合し、SmPO4相やLiTiOPO4相を生成していることがわかりました。この反応はLATPの微細化を促進し、LATPの結晶構造内のLi含有量が変化することもわかりました。

  本研究成果は、2026年10月28日(米国時間)に、米国化学会(ACS)発行のエネルギー材料科学の専門誌「ACS Applied Energy Materials」のオンライン版に掲載されました。

※1. リチウムイオン電池
  プラスのリチウムイオン(Li+)が正極と負極の間を移動して充放電する蓄電池。

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図2 リチウムイオン電池の動作原理

※2 イオン伝導率
  抵抗率の逆数で、物質中でのイオンの流れやすさを表す。単位はS/cm(S:ジーメンス)。

※3 電気化学インピーダンス分光法(EIS)
  交流電位の周波数に依存して材料のインピーダンスを測定する電気化学測定手法。EISはElectrochemical Impedance Spectroscopyの略。

※4 中性子回折法
  中性子による回折現象を利用し、原子配列を観察する実験手法。特に、軽元素(水素、リチウム、フッ素、酸素、等)に敏感であることが大きな利点である。

研究グループ

KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 ソウ ホウシュウ CIQuS博士研究員
KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 森一広 教授
(総合研究大学院大学 先端学術院 物質構造科学コース 教授、茨城大学大学院 理工学研究科 量子線科学専攻 教授 <KEK-茨城大学 クロスアポイントメント>)
KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 北原 銀河 特別助教
KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 ソン スンヨプ 特任助教
KEK物質構造科学研究所 中性子科学研究系 南波 薫 研究支援員
総合研究大学院大学 先端学術院 物質構造科学コース 河村 巧 大学院生
京都大学大学院 エネルギー科学研究科 高井茂臣 准教授

研究者からひとこと

  KEK物質構造科学研究所 の ソウ ホウシュウ CIQuS博士研究員
  中性子は、物質の内部深くにあるリチウムなどの軽元素の振る舞いを観察でき、蓄電池研究に有用です。蓄電池材料と中性子科学の両分野の接点に立つ研究者として、こうした中性子の特性が材料研究のどのような課題の解決に役立つのかを探索し、両分野の発展に貢献したいです。

なぜこの研究を始めたのですか

  LATPは低価格の全固体リチウムイオン電池の実現において有望な固体電解質材料です。しかしながら、粒子間界面ではLiイオンの動きが遅いため、イオン伝導率が制限されることが問題でした。これまでの研究から、焼結添加剤がLATP固体電解質のイオン伝導率の向上に有効であることは知られていました。しかしながら、焼結添加剤がイオン伝導率向上に及ぼす詳細なメカニズムについては不明でした。今回、私たちはSm2O3焼結添加剤に着目し、本添加剤がLATPのリチウムイオン伝導に対してどのような影響を与えるかを明らかにするため、Sm2O3焼結添加剤を使用したLATP固体電解質のイオン伝導率を計測し、本系の微細構造および結晶構造についても詳細に調べました。

ひらめいたところはどこですか

  中性子回折は軽元素に対して高い感度を示すため、LATPバルク内のLiイオンの位置や占有率を精密に決定することができます。この利点を活かすことで、Sm2O3焼結添加剤がLATP固体電解質の原子配列に直接的もしくは間接的に影響していることを実証できると考えました。また、Sm2O3焼結添加剤による微細構造の改質は、高い機能性(すなわち、高いイオン伝導率)を与えるため、将来の研究開発においてLATP固体電解質の特性コントロールや構造チューニングが容易になると期待しました。

努力したところはどこですか

  Sm2O3焼結添加剤の選定に加えて、イオン伝導率を大幅に改善するための合成条件を見つけることに時間を要しました。また、大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設(J-PARC MLF)(※5)の特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)(※6)は、世界トップクラスの装置分解能と広い検出領域をもつ中性子回折装置であり、本装置を利用して複数の相が混在する本系の精密な結晶構造解析に取り組みました。さらに、得られたLATPの構造情報に基づいて本系のイオン伝導性の解明を試みました。

何がわかったのですか

  図3より、未添加LATPのイオン伝導率(20℃)と比較して、Sm2O3焼結添加剤を添加したLATPのイオン伝導率の方が高いことがわかります。特に、Sm2O3焼結添加剤を9 wt%(重量パーセント)添加したLATPのイオン伝導率が10倍程度上昇しています。また、本系をマイナス20℃まで冷却することで、バルクイオン伝導(図4(a))と粒界イオン伝導(図4(b))を分離することができます。解析の結果、粒界イオン伝導が大幅に改善されていることを明らかにしました。

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図3 Sm2O3焼結添加剤の量とイオン伝導率(20℃)との関係。

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図4 Sm2O3焼結添加剤の量とバルクイオン伝導率(マイナス20℃)との関係。(a) バルクイオン伝導率、(b) 粒界(g.b.)イオン伝導率。

  次に、走査電子顕微鏡(※7)を用いてLATP 固体電解質の微細構造を撮影しました。Sm2O3焼結添加剤を添加する前(図5(a))と比較し、添加後(図5(b))では、LATPの粒子サイズが減少している様子が分かります。これは、高温焼成中(1000℃)、Sm2O3焼結体とLATPとの反応により新たな相が生成したことでLATPの粒子サイズが制限され、よりコンパクトな微細構造を形成すると同時に、高い粒界イオン伝導率をもつ界面の形成も促していると考えられます。

  SPICAを用いた中性子回折実験やX線回折実験により、図6(a)および(b)に示すような結晶の原子面間距離のピークについてのパターン(データ)を得ることができます。本研究では、さまざまなSm2O3添加量に対するLATPの中性子回折データおよびX線回折データを測定しました。これらのデータを用いてリートベルト解析(※8)を行うことで、図6(c)に示すようなLATPの結晶構造を得ることができました。本解析より、LATP中のPO43-イオンがSm2O3焼結添加剤と再結合し、SmPO4相やLiTiOPO4相を生成していることを見つけました。また、図6(d)より、LATP中のLiサイトの占有率がSm2O3添加量に伴って増加する、すなわちLi濃度が増加することも分かりました。これはLATPのバルク内でのLiイオンの動きが活発になることを示唆しており、EIS測定で得られた活性化エネルギーが低下する結果とも一致しています。

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図5 走査電子顕微鏡によって撮影したLATP固体電解質の写真。(a) Sm2O3焼結添加剤を添加する前と、(b) Sm2O3焼結添加剤を9wt%添加したときの様子。写真内左上の白線は、5µm(マイクロメートル)の長さを表している。

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図6 (a)(b) 中性子・X線回折を用いたLATP固体電解質のリートベルト解析の結果。(c) リートベルト解析より得られたLATPの結晶構造とLiイオン伝導経路の一部(黄色矢印)。 (d) LATPのLiサイトの占有率(上図)とバルク内Liイオン伝導に関する活性化エネルギー(下図)との関係。上図の縦軸に記載されているLi3は、格子間Liサイトに対応している。

※5.大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設(J-PARC MLF)
 高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まる。(https://mlfinfo.jp/ja/)

※6.特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)
 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING)の下、J-PARC MLFのビームライン(BL09)に建設された蓄電池研究用中性子回折装置。例えば、高分解能・高強度を活かしたリアルタイム観測により、充放電中の蓄電池の反応を構造変化より明らかにすることが可能。(参考文献:M. Yonemura, K. Mori, T. Kamiyama, T. Fukunaga, S. Torii, M. Nagao, Y. Ishikawa, Y. Onodera, D. S. Adipranoto, H. Arai, Y. Uchimoto, and Z. Ogumi, Development of SPICA, new dedicated neutron powder diffractometer for battery studies. J. Phys. Conf. Ser. 2014, 502, 012053; S. Taminato, M. Yonemura, S. Shiotani, T. Kamiyama, S. Torii, M. Nagao, Y. Ishikawa, K. Mori, T. Fukunaga, Y. Onodera, T. Naka, M. Morishima, Y. Ukyo, D. S. Adipranoto, H. Arai, Y. Uchimotro, Z. Ogumi, K. Suzuki, M. Hirayama, and R. Kanno, Real-time observations of lithium battery reactions - operando neutron diffraction analysis during practical operation. Sci. Rep. 2016, 6, 28843)

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図7 特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)

※7.走査型電子顕微鏡(SEM)
 電子線を試料に照射し、試料表面を観察する装置。SEMはScanning Electron Microscopeの略。

※8.リートベルト解析
 回折パターン全体を対象として、非線形最小二乗法により格子定数や構造パラメーターを精密化する方法。具体的には、最初に結晶構造モデルを仮定し回折ピークのパターンを計算した後、実測したデータと比較することで、仮定した結晶構造モデルを修正する。

それで世界はどう変わりますか

  本研究で得られた知見より、焼結添加剤を上手に利用することで、酸化物固体電解質の構造チューニングや特性コントロールが容易になると期待しています。また、本研究の成果が、酸化物固体電解質のさらなるイオン伝導率の向上に貢献し、低価格の全固体リチウムイオン電池が実現できると考えています。

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謝辞

  本研究は、JSPS科研費(JP24H02205「学術変革領域研究(A):イオン渋滞現象の解明に向けた高度計測技術の統合利用」、JP23K26413「基盤研究(B):中性子・ミュオン協奏オペランド測定による全固体蓄電池内のイオン拡散挙動の解明」)の助成の成果によるものです。中性子回折実験は、大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設 [BL09](課題番号:KEK物質構造科学研究所S1型実験課題2024S10)にて実施しました。

論文情報

 〇  Enhancing Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3 Ionic Conductivity via Microstructural and Average Structural Tuning Induced by Sm2O3 Sintering Additives
 〇  Fangzhou Song, Shigeomi Takai, Kaoru Namba, Seungyub Song, Takumi Kawamura, Ginga Kitahara, and Kazuhiro Mori,
 〇  ACS Applied Energy Materials (2026).
 〇  DOI : https://doi.org/10.1021/acsaem.6c02610

お問い合わせ先

< 研究内容に関すること >
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 ソウ ホウシュウ CIQuS博士研究員
 
< 報道担当 >
高エネルギー加速器研究機構 広報室
TEL:029 -879 -6047
E-mail:press[at]kek.jp
 
J-PARCセンター広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
 
京都大学 広報室 国際広報班
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。