トピックス

2021.05.27

J-PARC News 第193号

PDF(633KB)

 

■第1回メディアサロン(J-PARCプレス勉強会)を開催(4月22日)
 「標準理論を超える新物理発見なるか!?ミュオンg-2実験の最新情報を徹底解説」

 4月7日、米国フェルミ国立加速器研究所がミュオンg-2の測定結果を発表し、先行実験で示唆されたように標準理論の予想より大きい値であることが再確認され、世界中の研究者の間で大きな注目を集めています。今般、J-PARCで準備を進めている国際共同実験の概要や、フェルミ研究所との相違点などを解説するオンライン勉強会を開催しました。メディアから9社22名の参加があり、関心の高さが伺えました。
 J-PARC センター三部准教授(KEK)が「J-PARCで行う新しいミュオンg-2の実験」について、また、下村教授(KEK)が「ミュオニウムを用いたg-2決定精度の改善を目指した研究」について解説しました。
 もしJ-PARCで新しい手法によるg-2測定の結果、標準理論の予想値と実験値の間のずれが独立に検証されれば、標準理論を超える新物理の兆候を掴むことができると期待されています。

news193_1.jpg

 

 

■プレス発表

(1)チタン酸バリウムナノキューブの合成と粒子表面の原子配列の可視化に成功
 高性能小型電子デバイスの開発に期待(3月31日発表)

 チタン酸バリウム(BaTiO3)は、電圧を加えると電気分極し、電気を蓄えることができる「強誘電体」であるため、携帯電話やパソコンなどの電子機器に使用されています。このBaTiO3を用いた誘電体材料の性能を向上させることは、高性能小型電子デバイスの開発につながります。そのためには、基盤となるBaTiO3の粒子設計、とりわけ粒子表面を利用した材料設計が重要です。
 茨城大学の中島光一准教授らは、BaTiO3のナノメートルレベルの大きさの立方体単結晶粒子である「ナノキューブ」の合成に成功しました。BaTiO3ナノキューブは、その粒子表面を利用した材料設計が可能です。このナノキューブについて、J-PARCの茨城県材料構造解析装置(BL20 iMATERIA)を使用して中性子回折測定を行い、またSPring-8でX線回析測定を行ったところ、正方晶系の結晶構造が示されるとともに、BaTiO3の自発分極の起源となるサイトが見出されました。さらに、電子顕微鏡観察により、ナノキューブの粒子内部はチタンとバリウムで規則正しく並んでいるのに対し、粒子表面はチタンカラムで構成されていることを明らかにしました。本研究の成果は、今後、粒子設計を基盤とした材料設計の分野で大きな一歩となると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/03/31000672.html

news193_2.jpg

 

 

(2)核スピン偏極化試料での偏極中性子回折による構造解析法の開発
 水素の位置情報を選択的に抽出(4月1日発表)

 中性子はX線と比べて物質中の水素を見るのが得意ですが、水素以外の元素も同時に観測されるため、水素だけを観測するには工夫が必要です。水素の原子核も中性子も「スピン」と呼ばれる磁石の性質を持ち、中性子の水素核による散乱強度は、双方のスピンの向きが平行なときと反平行なときで大きく変化します。試料中の水素核も照射する中性子も、通常はスピンの向きはバラバラですが、それぞれ向きをそろえれば(=偏極させれば)、両者が平行なときと反平行なときで強度が変化する成分を、水素核による散乱成分として抽出できます。しかし、結晶では水素核を偏極させることは困難です。
 山形大学の三浦大輔氏らは、同大学で原子核実験用に開発した結晶試料の核スピン偏極法を用いて、アミノ酸の一種であるグルタミン酸中の水素核を偏極させることに成功し、J-PARCの中性子小角・広角散乱装置(BL15大観) で、偏極中性子ビームを用いて中性子回折測定を行いました。その結果、この方法で、水素以外の原子と水素の位置相関や水素の凝集・分散状態を直接測定できることが実証されました。水素機能材料をはじめ、ポリマーや生体高分子など水素含有結晶試料の構造解析に貢献し、物質の機能の解明や新材料の開発につながると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/04/01000675.html

news193_3.jpg

 

 

(3)「理想の水素原子」で未知の物理現象を探索する
 ミュオニウムのマイクロ波分光実験がスタート(4月16日発表)

 自然界に存在する最も単純な原子は陽子と電子からなる水素原子ですが、素粒子の一種であるミュオンで水素によく似た「ミュオニウム」と呼ばれる原子を人工的に作り出すことができます。水素の原子核である陽子は三つのクォークからなる複合粒子で、複雑な内部構造を持ちます。一方、素粒子のみで構成されたミュオニウムはその性質を量子電磁力学と呼ばれる理論で精密に計算することができる「理想的な水素原子」です。実験結果と理論計算を高い精度で比較することで理論の正しさを検証でき、もしわずかなほころびであっても有意な乖離が示されれば、それは既知の枠組みでは説明できない未知の物理現象をとらえたことになります。ミュオニウムの超微細構造はこの目的に適しており、かつて米国のロスアラモス国立研究所で実験が行われました。実験結果は高い精度で理論値と一致しましたが、用意できるミュオニウムの数に限りがあったためそれ以上の精度向上は困難とされてきました。
 J-PARCセンターの神田助教(KEK)らは、ミュオン実験装置のD2ビームラインにおいて、大強度パルスミュオンビームと大強度ビームのもたらす大量の粒子を過不足なく計数可能な細分化した陽電子検出器を使用し、ミュオニウムの超微細構造を精密に測定できることを示しました。現在建設中の新たなビームラインで実験を行えば、先行実験の打ち立てた世界記録を40日の実験期間で10倍以上更新できると見込まれています。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/04/16000678.html

news193_4-1.jpg news193_4-2.jpg

 

 

■J-PARCハローサイエンス「身近なサイエンスで学ぶ加速器のしくみ」
 (4月23日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)

 従来からのアイヴィルの会場での対面による講義形式の他、今回からオンライン併用とし、来場者は10名、オンライン形式では7名の方に参加いただきました。
 今回は、加速器ディビジョンの近藤恭弘氏がJ-PARCの加速器の紹介をしました。加速とは何かから始まり、静電加速のしくみをクルックス管内に電圧をかける等の実験を行いながら説明しました。その後、ドリフトチューブリニアックを一例に出しながら加速空洞について解説し、原理は簡単だが実際に造って運転するのは難しいと話しました。
 今後もオンライン併用を継続しますので、遠方の方などもお気軽にご参加くださるようお願い申し上げます。
Eメールでの事前申込み制となります。詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/events/2021/05/06000677.html

news193_5.jpg

 

 

■加速器運転計画

 6月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

news193_6.jpg

 

 

≪お知らせ≫
■国立科学博物館企画展への出展

 東京の国立科学博物館上野本館で、7月13日から10月3日まで、企画展「加速器-とてつもなく大きな実験施設で宇宙と物質と生命の謎に挑んでみた-」を開催します。詳細は今後のホームページで紹介します。

 

 

さんぽ道マーク.png

さんぽ道 ⑩ -小さいカニの大きな旅-

news193_7.jpg

 スタッフが出勤すると、J-PARC研究棟正面玄関の前に、小さなカニが朝日を浴びて、琥珀のように輝いていました。海に住んでいるイソガニの仲間のようです。
 海岸線からここまで、直線距離で200m以上あります。どうやって来たのでしょう。J-PARC研究棟の周囲には最大の加速器MRの盛土があり、カニにとって、巨大な尾根を乗り越えないとなりません。排水溝を通ることも考えられますが、かなりのう回路になります。絶えず塩分を必要とするイソガニが、どのような方法でここまで無事に来られたのかは、謎です。何か目的があってここまでやって来たのか、迷った末にここまで来たのかも分かりません。
 精一杯、威嚇するカニをさっと小瓶に入れ、海岸線のフェンスの手前で放してやりました。カニは、長旅の疲れも見せず、砂の小山を8本の足を巧みに使いながら海に向かって疾走して行きます。その姿を見ると、小さな動物にも宿る力強い生命力を感じざるを得ません。

 その日の昼休み、鳥の水飲み場に行くと、さきほどのイソガニより少し大きなカニのハサミが落ちていました。
恐らく、カニを咥えてここにやって来た鳥が、ハサミを残して立ち去ったのでしょう。水を飲んでおなか一杯になったのでしょうか。それとも水を飲んでいるうちに咥えていたカニの事を忘れてしまったのでしょうか。水飲み場の石に、干からびたカニの片方のハサミが高く昇った太陽の下に横たわっています。
 動物の生命力を感じる一方で、動物の生命のはかなさを感じた一日でした。