プレスリリース

2020.11.19

東海国立大学機構岐阜大学教育学部・大学院工学研究科 仲澤和馬シニア教授 (J-PARC E07実験責任者) が「2020年度 (第66回) 仁科記念賞」を受賞しました。

J-PARCセンター
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (KEK)

  令和2年11月9日 (月) に、岐阜大学教育学部仲澤和馬シニア教授の「2020年度 (第66回) 仁科記念賞」の受賞が発表されました。仁科記念賞とは、故仁科芳雄博士の功績を記念して、わが国で原子物理学とその応用に関して優れた研究業績をあげた研究者を表彰するために1955年に創設された賞で、毎年3件以内の研究業績が選ばれます[1]。これまでに、この分野を代表する物理学者が受賞してきました。今回、仲澤シニア教授の「原子核乾板を用いたダブルストレンジネス原子核の研究」に対して、受賞が決まりました。仲澤教授は、J-PARCの前身であるKEK12GeV陽子シンクロトロンとJ-PARCハドロン実験施設において、原子核乾板を用いた一連の実験を企画提案し推進してこられました。今回の受賞は、これら一連のダブルストレンジネス原子核の系統的研究が評価されたものです。

【ダブルストレンジネス原子核の研究の意義】

  現代原子核物理学の大きなテーマの一つが、原子核を構成する物質の性質や、巨大な原子核ともいえる中性子星 (*1) に代表される高密度物質の謎を解明する研究です。原子核を構成する陽子や中性子 (合わせて核子といいます) はアップおよびダウンクォーク (*2) からできています。これら核子の間に働く強い力 (*3) (核力) の研究を第3のクォークであるストレンジクォーク (*4) の入った核子の仲間にまで拡張して、核力の理解を深め、それにより、高密度の原子核物質の性質を明らかにすることができます。仲澤教授らの研究は、はじめに加速器によって生み出されるK中間子 (*5) ビームによってストレンジクォークが2つ含まれるグザイマイナス粒子 (Ξ-) (*4) を作り、原子核乾板 (写真フィルムの一種) に吸収させます。そこで起こる生成や崩壊の様子を顕微鏡で観察することによって、Ξ粒子が1つ入ったグザイハイパー核 (*6) やストレンジクォークを1つ含むラムダ (Λ) 粒子 (*4) が2つ入った二重ラムダハイパー核などの「ダブルストレンジネス原子核 (*7) 」を探します。これらのダブルストレンジネス原子核を調べることにより、Ξ粒子と核子の間の核力やΛ粒子間の核力がわかります。

【仲澤教授の功績とJ-PARC実験への期待】

  顕微鏡での目視による観察は大変な手間のかかることなので、仲澤教授らはKEK 12 GeV陽子シンクロトロン (KEK-PS) での実験で、まず、Ξ-粒子が原子核乾板のどこに入射したかを検出器で測定してその近傍のみを顕微鏡で探索するという効率的な方法 (複合実験法) をあみだし、二重ラムダハイパー核が存在することを示しました。その後、長良イベントと名付けられた「ヘリウム6二重ラムダハイパー核」(6ΛΛHe、陽子2個、中性子2個、Λ粒子2個でできた原子核) を同定することに成功しました (図1) 。これにより、それまで全く性質のわかっていなかった2つのΛ粒子同士に働く核力が弱い引力であることを発見しました。[2]

  J-PARCハドロン実験施設では、前身のKEK-PSに比べて数10倍の強度の高純度K中間子ビームが利用可能です。これによって、これまでより格段に多くのダブルストレンジネス原子核を作り出し研究をすることが可能になりました。しかしながら、人の目視だけに頼った顕微鏡による観察ではあまり多くのダブルストレンジネス原子核を探索できません。そこで仲澤教授らは、計算機と画像処理技術を用いて原子核乾板内に入射したΞ-粒子をその静止した場所まで自動的に追いかける「自動追跡法」を開発しました。さらに、Ξ-粒子の情報を用いずに画像のパターン解析をして、興味ある事象を見つける「全面探索法」 (注1) を新たに開発しました。この全面探索法をまず以前KEK-PSでビームを照射した原子核乾板の解析に適用して、Ξ-粒子が窒素14原子核に束縛したグザイハイパー核 (15ΞC) を発見 (木曽イベント) し (図2) 、Ξ粒子と核子の間に働く核力も引力であることを初めて示しました。[3]この発見では日本物理学会第22回論文賞を受賞しました。[4]

  J-PARCでのビーム照射実験は、2017年と2018年に実施され、まずは、自動追跡法をとりいれた複合実験法による原子核乾板の解析を行い、これまでに、ベリリウム原子核にΛ粒子が2つ入った長良イベントとは違う二重ラムダハイパー核 (10ΛΛBeまたは11ΛΛBeまたは12ΛΛBeの可能性がある) を発見 (美濃イベント) しました (図3) 。[5] これら一連の研究を学生や共同研究者と進め、その成果が高く評価され、今回の受賞につながりました。J-PARCで照射した原子核乾板の解析は、全面探索法も取り入れながら、現在も進行中です。J-PARCの大強度ビームと仲澤教授の新たな実験手法によって、以前は数例しかなかったダブルストレンジネス原子核の発見例がその数10倍あるいはそれ以上になり、核力の理解が一層進むことが期待されています。

[1] https://www.nishina-mf.or.jp/project/kinen/
[2] https://www1.gifu-u.ac.jp/~physics/Nakazawa/hypernuclei/nagara/
[3] https://www1.gifu-u.ac.jp/~physics/Nakazawa/hypernuclei/kiso/
[4] https://www.jps.or.jp/activities/awards/ronbunsyo/ronbun22-2017.php
https://j-parc.jp/ja/topics/2017/topics170321.html
[5] http://www.j-parc.jp/c/press-release/2019/02/26000214.html
https://www1.gifu-u.ac.jp/~physics/Nakazawa/hypernuclei/mino/

図1 長良イベント
グザイマイナス粒子が炭素12原子核に吸収されヘリウム6 (6He) 二重ラムダ核が生成され、5Heラムダ核に崩壊しました。

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図2 木曽イベント
グザイマイナス粒子が14N原子核の内部で吸収され、5Heラムダ核と10Beラムダ核に分裂しました。グザイマイナス粒子と14N原子核が核力で結びついたグザイハイパー核ができたと考えられます。

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図3 美濃イベント
グザイ粒子が酸素16原子核に吸収されBeの二重ラムダ核が生成されました。ヘリウム5 (5He) ラムダ核への崩壊の様子も示してあります。

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  注1 Ξ-粒子は、K- (負電荷のK中間子) のビームがダイヤモンド標的中の陽子と反応しK+ (正電荷を持つK中間子) を放出することで生成します。K-とK+を検出器でとらえΞ-粒子の生成を確認し、その位置、方向を求め、その情報をもとに原子核乾板を解析します。これが「複合実験法」です。一方、K-ビームが標的中の中性子と反応してもΞ-粒子ができます。この場合、K+ではなくK0という電荷を持たないK中間子が放出されます。K0はこの実験で用いた検出器では検出できないので、「複合実験法」では解析できません。「全面探索法」では、検出器の情報を使用しないので後者の反応の結果できるΞ-粒子が原子核乾板内で反応してできたダブルストレンジネス核を見つけることができます。後者の反応は前者の反応より起こりやすく、また、前者の反応でも「複合実験法」でK+をすべて検出できるわけではないので、「全面探索法」で解析ができれば、「複合実験法」のさらに10倍の数のダブルストレンジネス核の観測が期待できます。

【用語説明】

 *1 中性子星
  半径が約10kmで質量が太陽の1.4~2倍、その内部はスプーン1杯で10億トンといわれる超高密度な星。「超巨大な原子核」とみなすことができます。主として中性子からできていますが、その内部ではラムダ粒子などのストレンジクォークを含む粒子が存在し、中性子星の硬さなどの性質に大きな影響を及ぼしていると考えられています。2015年に初めて中性子星連星の重合が重力波により発見されて話題となりましたが、中性子星の性質は、重合やそこで起こる元素合成などに大きな影響を与えると考えられています。

 *2 クォーク
  素粒子は、物質を構成する粒子と力を伝播する粒子、そしてヒッグス粒子に分類できます。この内、物質を構成する粒子には3つの世代があり、クォークとレプトンのグループに分けられます。クォークとレプトンはそれぞれ6種類あり、物質を形づくるもととなっている陽子と中性子は、最も軽いアップクォーク(u)とダウンクォーク(d)の組み合わせでできています。陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク(uud)、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォーク(udd)からなります。

図4 素粒子の分類

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 *3 強い力
  自然界に存在する4つの力の一つ(他の3つは、弱い力、電磁気力、重力)で、クォークの間などに働く力。陽子や中性子などの核子を形作ったり、核子間に働いて原子核を形作ったりするのに不可欠な力。

 *4 ストレンジクォーク、ラムダ粒子、グザイ粒子
  クォーク3つからなる陽子・中性子の仲間の粒子 (バリオンと呼びます) は他にもたくさん存在することが分かっています。第3のクォーク ストレンジ (s) も考えると、ラムダ粒子 (uds) 、グザイマイナス粒子 (dss) 、グザイゼロ粒子 (uss) といった粒子などもあります。グザイと名の付く粒子には、ストレンジクォークが二つ含まれます。sを一つ持つ中間子K-は (us) で、uはuの反クォークです。本実験で用いるグザイマイナス粒子は、K-ビームがダイヤモンド標的中の陽子と反応することで、K+ (us) 中間子とともに次のように生成されます。

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  クォークと反クォークは1対ですので、反応の前後のu、d、sの個数は、それぞれ1個ずつで変わっていません。 また、本研究の手法の「複合実験法」では検出できませんが、K-ビームがダイヤモンド標的中の中性子と反応し、中性K0中間子を伴うグザイマイナスも生成することができます。

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 *5 K中間子
  中間子とは、クォークと反クォーク(クォークと、電荷の正負が反対であるほかは全く同じ性質を持つ粒子)が結合した粒子のことです。様々な組み合わせがあり、例えば第二世代のクォークであるストレンジクォークを含む中間子はK中間子と呼ばれます。K中間子には、ストレンジクォークまたは反ストレンジクォークを持つ、以下の4種類があります。

  K+ (us) , K0 (ds) , K- (us) , K0 (ds)

 *6 ハイパー核
  加速器で作られたラムダ粒子やグザイ粒子 (これらは内部にストレンジクォークを含むバリオンでハイペロンと総称されます) は、すぐに崩壊してしまうので、地球上にある通常の物質中には存在しません。しかし、ラムダ粒子を原子核にいれると、陽子・中性子とともに原子核を構成することがわかっており、ラムダ粒子などハイペロンをふくむこのような原子核をハイパー核とよびます。J-PARCハドロン実験施設は、ハイパー核の研究に適した世界でも数少ない施設の一つで、国内外の研究者によって実験研究が盛んに進められています。

 *7 ダブルストレンジネス原子核
  ストレンジクォークを2つ含むハイパー核で、ストレンジクォークを2つ含むグザイ粒子が1つ入ったグザイハイパー核とストレンジクォークを1つ含むラムダ粒子が2つ入った二重ラムダハイパー核が知られています。

【本件に関するお問合せ先】

<研究内容に関すること>

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
素粒子原子核研究所 教授 / J-PARCセンター
素粒子原子核ディビジョン ハドロンセクション
セクションリーダー 澤田 真也
Tel:029 -284 -4563
e-mail:shinya.sawada[at]kek.jp
 

<報道担当>

J-PARCセンター 広報セクション
リーダー 阿部 美奈子
Tel:029 -284 -4578
Fax:029 -284 -4571
e-mail:abe.minako[at]jaea.go.jp
 
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 引野 肇
Tel:029 -879- 6047
Fax:029 -879 -6049
e-mail:press[at]kek.jp
 
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
素粒子原子核研究所
広報コーディネーター 多田 裕子
Tel:029 -864 -5638
e-mail:htada[at]post.kek.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。