MLF月間報告2017年10月

研究成果

BL02 アロステリック蛋白質ヘモグロビンのリガンド結合に伴うダイナミクス変化の中性子準弾性散乱による解析(QST 藤原グループ)

  • [Proposal No.2015A0079, 2017A0167]

蛋白質機能発現のアロステリック調節は、酵素基質などリガンドの結合部位を複数持つ蛋白質について、1か所へのリガンド結合が、他の結合部位の結合定数を変化させ、全体として効率の良い機能発現を実現する重要な調節機構である。赤血球中に多量に存在するヘモグロビン(Hb)は、酸素を肺から各組織に運搬する酸素キャリアーであり、αサブユニットとβサブユニットがそれぞれ2個ずつ存在する4量体である。各サブユニットに1個の酸素結合部位を持ち、4か所の内の一か所に酸素が結合すると他の結合部位の酸素親和性が上昇する典型的なアロステリック蛋白質である。

数多くの構造研究から、アロステリック機構は、酸素が結合していないT型の構造から、酸素が結合したR型の構造への2状態転移として解釈されてきたが、近年、多くの中間体が同定されてきたことや、R状態は、いくつかの異なった構造の平衡状態と示されたことなどから、単純な2状態転移説には深刻な疑義が生じている。特に、R状態が複数の状態の平衡状態であることや、分子動力学シミュレーションから、ヘモグロビンの運動の重要性が指摘されている。

本研究では、アロステリック調節機構における蛋白質の運動の役割を明らかにすることを目的として、T状態とR状態に対応するdeoxyHbと(酸素の代わりに一酸化炭素が結合した)COHbのそれぞれについて中性子準弾性散乱法を用いて、ピコ秒時間領域の運動を測定した。その結果、溶液中における分子全体の運動は、T状態のHbは剛体の運動として記述できるのに対し、R型は内部運動の寄与が大きいことが明らかとなった。この内部運動は、2つのαβダイマー同士の相対的運動であることが示唆された。また、蛋白質内部の側鎖の運動などの局所運動は、R状態の方が若干速いことが示された。このようにHbのアロステリック状態と関係した運動状態の変化が検出された。特に、αβダイマー同士の相対的運動というHbの4次構造のダイナミクスの変化は、アロステリック調節機構におけるダイナミクスの重要性を示唆している。

参考文献
  1. Fujiwara Satoru, Chatake Toshiyuki, Matsuo Tatsuhito, Kono Fumiaki, Tominaga Taiki, Shibata Kaoru, Sato-Tomita Ayana, Shibayama Naoya.Journal of Physical Chemistry B vol. 121, 8069-8077 (2017)

論文リスト

学術誌

その他刊行物

学会発表

JACI ライフサイエンス技術部会・材料分科会技術セミナー

日時:2017-10-05 - 2017-10-05
場所:公益財団法人 新化学技術推進協会

第40回溶液化学シンポジウム

日時:2017-10-18 - 2017-10-20
場所:イーグレひめじ あいめっせホール

第10回資源・素材学会東北支部若手の会

日時:2017-10-22 - 2017-10-22
場所:秋保温泉 ホテル華乃湯(仙台)

Polarization in NobleGases (PiNG 2017)

日時:2017-10-8 - 2017-10-13
場所:Park City Mountain Resort(UT, USA)

研究会

MLFチョッパーユーザーミーティング DIRECTION 2017

2017年10月16日~17日の二日間にわたり、いばらき量子ビーム研究センター(IQBRC)多目的ホールにおいて、MLFの4 台の直接配置型(チョッパー型)中性子分光器(BL01, BL12, BL14, BL23)が合同でユーザーミーティング「DIRECTION 2017」を開催した(MLF、KEK物構研、CROSSの共催)。本ミーティングでは各装置、試料環境、ソフトウェアの最新状況に加え、各装置における最近の実験成果が紹介された。研究発表は超伝導体、量子スピン系、f電子系等の磁性分野から熱電材料、液体、タンパク質まで多岐にわたり、高圧測定、ブリルアン散乱、MDA解析等の新しい測定・解析手法の紹介も行われた。総計62名の参加者からは研究内容に関する熱心な質疑が交わされた一方、試料環境や実験条件検討のための情報の提供等、装置や施設に対する要望も寄せられた。プログラムは以下の通り。

  • はじめに 横尾哲也
  • BL01 四季分光器 梶本亮一
  • BL12 高分解能チョッパー分光器 伊藤晋一
  • BL14 冷中性子チョッパー分光器 中島健次
  • BL23 偏極中性子散乱装置 横尾哲也
  • 共通試料環境の現状 河村聖子
  • 「空蝉」展望~現状と最新トピック~ 稲村泰弘
  • 制御プログラムYUI・可視化プログラムHANAの現状 川名大地・益田隆嗣
  • パリエジンバラプレス及びクランプセルを用いた高圧非弾性散乱実験 服部高典
  • 基底一重項磁性体CsFeCl3の圧力誘起量子相転移の研究 林田翔平
  • 中性子準弾性散乱による蛋白質と水和水のダイナミクス解析 松尾龍人
  • 中性子準弾性散乱におけるモデルフリー解析Mode Distribution Analysisの現状と可能性 菊地龍弥
  • バルクおよびナノ粒子パラジウム中の水素原子の振動状態 古府麻衣子
  • チョッパー分光器による磁気励起観測から見たf電子の局在と遍歴 岩佐和晃
  • Au-Si-Tb 系近似結晶の磁気構造と磁気励起 佐藤卓
  • 熱電材料におけるカゴを持たないラットリングのダイナミクス 李哲虎
  • 中性子ブリルアン散乱による液体の集団ダイナミクスの観測 吉田亨次
  • 中性子非弾性散乱とマクロ物性測定によるLa2−xSrxCoO4の磁気相図 吉田雅洋
  • T'構造銅酸化物Pr1.4La0.6CuO4の磁気励起に対する還元アニール効果 浅野駿
  • オーバーホールドープ領域におけるBa1−xKxFe2As2の磁気励起 堀金和正
  • AMATERASを用いたスピンダイマー磁性体の磁気励起 栗田伸之
  • 4SEASONSを用いたspin-1/2三角格子の磁気励起 飯田一樹
  • スピネル酸化物MnV2O4におけるスピン軌道結合励起の観測 松浦慧介
  • 磁性材料の中性子ブリルアン散乱 小野寛太
  • おわりに 梶本亮一

図1 DIRECTION 2017の参加者

図2 (左)会場内での質疑応答の様子

(右)IQBRC交流コーナーで行われた懇親会の様子

日時:2017-10-16 - 2017-10-17
場所:いばらき量子ビーム研究センター