MLF Monthly Report 2016-11

研究成果

BL12 Mg-Zn-Y LPSO合金の微視的弾性的性質の不純物効果

  • 熊本大院先端  細川伸也, 山崎倫昭, 河村能人
  • 福岡大理  吉田亨次
  • J-PARCセンター  川北至信
  • KEK  伊藤晋一

ここ十数年の間、ZnおよびYやGdなどの希土類金属を不純物としたMg合金(熊大マグネシウム)が、注目されている。この合金は軽量で弾性的な性質に優れ、不燃性で熱的にも安定しており[1]、Alに代わる新しい構造材料として注目され、地下鉄や航空機に用いる応用も検討されている。それらの注目すべき性質の起源を理解するため、電子顕微鏡観察や散乱実験などが行われ、不純物がMgの積層欠陥に濃化する、いわゆる同期化した長周期積層秩序(LPSO)相に、クラスターとして存在していることがわかった[2]。このような材料に、微視的なダイナミクスを検討するため、Mg97Zn1Y2多結晶の非弾性散乱実験を、まずX線を用いてSPring-8で、続いて中性子を用いてJ-PARCで行った(IXSおよびINS)。

J-PARC・MLFのBL12に設置されている高分解能チョッパー(HRC)分光器[3]は低散乱角側に検出器が設置されており、高い入射エネルギー、低いQ 領域ならびに高いQ 分解能というブリルアン散乱の測定条件を満足する。音速の速い多結晶物質の集団ダイナミクスの測定に必要な運動量-エネルギー(Q-ω)空間にアクセスすることができるのはMLFではHRCのみである。本研究では、中性子ブリルアン散乱測定によりMg-Zn-Y LPSO合金の微視的弾性的性質の不純物効果を観測した。

図1の○はQ = 4.0、6.0および8.0 nm-1で得られたMg97Zn1Y2多結晶のINSスペクトル、△はQ = 7.9 nm-1で得られたIXSスペクトルをINSの分解能と合わせて示したものである。↑、↓および|はそれぞれ縦波音響(LA)、横波音響(TA)および局在モードのエネルギー位置を示す。INSとIXSでスペクトルに明瞭なさが見られる。すなわちLAモードはINSでは非常に小さいが、IXSでは大きなピークとして観測できる。それに反して、INSではTAモードはブロードなピークとして認められるが、IXSでは全く観測できない。また準弾性散乱ピークはIXSがかなり大きい。

この相違は、X線では不純物の原子形状因子がMgに比べて数倍の差があるのに対し、中性子では原子相互の散乱長にほとんど違いがないことに起因すると考えられる、すなわち、LAモードや準弾性散乱は主として不純物元素のダイナミクスに関係しており、TAモードはホストMg元素の振動と強く関連していると結論できる。今後、不純物の濃度変化やX線を用いた単結晶の測定などを行い、Mg-Zn-Y LPSO合金の微視的弾性的性質の不純物効果をさらに明らかにしたい。

本研究成果は、Journal of Alloys and Compounds誌に掲載された[4]。この研究は、科研費新学術領域「シンクロ型LPSO構造の材料科学」の助成(課題番号26109716)を受けて行われた。INS実験はBL12/MLF/J-PARCで行った(課題番号2015A0059)。

[1] Y. Kakwamura et al., Mater. Trans. 42, 1172 (2001).
[2] D. Egusa and E. Abe, Acta Mater. 60, 166 (2012).
[3] S. Itoh, et al., Nucl. Instr. Meth. Phys. Res. A 631, 90 (2011).
[4] S. Hosokawa, et al., J. Alloys Compd. 695, 426-432 (2017), DOI: 10.1016/j.jallcom.2016.10.266.

図1. ○はQ = 4.0、6.0および8.0 nm-1で得られたMg97Zn1Y2多結晶のINSスペクトル、△はQ = 7.9 nm-1で得られたIXSスペクトルをINSの分解能と合わせて示したものである。↑、↓および|はそれぞれLA、TAおよび局在モードのエネルギー位置を示す。

装置整備

BL23 POLANO 磁場環境機器の開発

夏の大型工事終了後、設置した機器の調整をおこなっている。また、増設建屋の整備と第一種管理区域変更に伴う周辺整備と整理もおこなった(写真)。併せてPOLANOでは機器開発を継続的に行っている。その一つが磁場環境の整備である。

中性子の偏極度を保持するためには一定以上の強さを持った磁場環境が必要となるため、我々はPOLANOでのコイルやマグネットといった磁場環境機器の設計と配置の最適化の検討を進めてきた。具体的には、有限要素法磁場計算ソフトANSYSとFEMTETを用いた磁気環境機器の設計、配置のシミュレーションと、KEK東海1号館においてオフラインのテストベンチによる発生磁場の評価を行った。

図(a)は磁場シミュレーションにより求めたPOLANOにおける磁場環境機器の配置図である。ビーム上流(図1(a)の左側)から順番に、SEOP型3He偏極中性子スピンフィルター用ソレノイドコイル、ガイドコイル、縦磁場ガイドマグネット、ヘルムホルツコイル、扇形ガイドマグネット、偏極アナライザー用マグネットハウジングが配置されている。この磁場シミュレーションの結果を評価するため、縦磁場ガイドマグネット、ヘルムホルツコイル、扇形ガイドマグネットからなるテストベンチを作製し(図1(b))、3Dガウスメータを用いて磁場測定を行った。測定では偏極の保持に必要な強さの磁場(20G以上の磁場)が形成されている事を確認できた。また、磁場測定での対象としたデバイスにはバックグラウンド低減のためのB4Cレジンによる遮蔽体を作製・設置を行った(図b)。

縦磁場マグネットはB4C遮蔽体と共に2016年10月にMLFに搬入し、装置へ設置できる状態にあり、扇形マグネットはB4C遮蔽体を取り付け、真空槽内に設置した。現在は、ヘルムホルツコイルは真空槽に設置するため、冷却機能を備えたフランジの設計を行っており、その他の機器についても順次POLANOへの導入の準備を進めている。

(a)

(b)

POLANOにおける磁場環境機器の配置とテストベンチ
(a) 磁場計算によって求めたPOLANOにおける磁場環境機器の配置図
(b) KEK東海1号館に設置されている磁場環境機器のテストベンチ、写真中央のヘルムホルツコイルはB4C遮蔽体を取り付けた状態

BL01 四季の整備状況

四季では夏季メンテナンス期間から今月にかけて、共通技術開発セクションの協力の下、以下のような装置のメンテナンスや機器の高度化を行った。

冷凍機試料回転ゴニオメータ新制御システムの導入

四季の標準4K冷凍機では試料を水平面内で回転させるゴニオメータを有している。これまでゴニオメータの回転制御はオープンループ制御で行っていたため、回転角度の設定値と実際の値に若干のずれが生じることがあった。そこで、従来の制御法に加えて、角度エンコーダの読み取り値を元にしたクローズドループ制御も可能な新しい制御システムを導入した(図1)。現在は制御ソフトウェア側の対応の都合からまだ従来の制御法による運用を行っているが、近い将来クローズドループ制御に移行する予定である。

図1 四季の新しい冷凍機試料回転ゴニオメータ制御システム。このシステムはMLF共通技術開発セクションによって開発された。

新検出器用高圧電源の導入

四季でこれまで使用していた検出器用高圧電源(約1.8 kV印可)は全て手動で操作する必要があった上、操作を誤れば高電圧の急激な印加や検出器の耐電圧以上の電圧を印加しうる仕様となっていた。これは検出器の保護の観点から問題である上、後述の検出器保護システムと組み合わせて運用する場合に不便な点でもあった。そこで、検出器保護システムの導入に合わせ、電源を更新した(図2右)。新しい電源では、一定の上昇率で自動的に電圧を設定値まで印加することが可能となり、また、検出器の耐電圧以上の電圧が掛かることはない。その結果、操作性が向上し、検出器保護システムと組み合わせた運用も行いやすくなっただけでなく、安全性も向上した。

ディスクチョッパーの定期メンテナンス

四季は入射波長バンド切り出し用に2台の低速ディスクチョッパー(常用25 Hz)を有している。その定期メンテナンスを行い、ベアリング交換等を実施した。

T0チョッパー排気用ポンプのメンテナンス

四季では真空中で稼働するT0チョッパー(常用25Hz)を有している。その排気用のスクロールポンプの定期メンテナンスを行い、分解清掃・シール交換等を実施した。

その他の整備

その他、四季では塗装の劣化の激しくなった遮蔽体の上面にフロアシートを貼付する補修作業を行った。また、周辺機器が増えたことで乱雑となったケーブル類を整理するために、遮蔽体上に新たにケーブルラダーを敷設し、ケーブルの整理を行った。さらに、実験ホールの第一種管理区域化に備えて不要品の一斉整理を行った。

BL01 四季検出器保護システムの運用状況

四季では有感長2.5 mの3He検出器を多数(現在266本)使用しており、それらは真空散乱槽内部に設置されている。近年の3Heガスの高騰によって3He検出器も非常に高価なものとなってしまっており、その破損は装置の運用にとって極めて重大な問題を引き起こす。特に四季で使用しているような長尺の検出器は振動による芯線の断線が生じやすいことが懸念される。そこで、四季では地震および真空槽の真空破断時に生じる振動から検出器を保護するシステムを2015年度後期より新たに導入している。前者は、MLF実験ホール内に設置されている地震計が、設定された震度(現在の設定は震度4)以上の地震を検知したときに検出器の電源を切断するものである。後者は、真空散乱槽に取り付けられた真空計が設定値以上の圧力変動を示した時に検出器の電源を切断するものである。幸いこれまでこの保護システムが働くほどの大きな地震や真空破断は生じていなかったが、11月22日早朝に発生した福島県沖を震源とするM7.3の地震ではMLF内の地震計も震度4を検知し、四季の検出器保護システムも作動した。これは同保護システムが実際の地震で作動した初めてのケースであったが、設計通り検出器への印可電圧がカットされ、検出器が無事保護されたことが確認できた(図1)。

図1 (左)地震検知によりパイロットランプが赤点灯したMLF第一実験ホール内の地震計。(右)四季の検出器保護システム(上部)および保護システムの作動により電圧がカットされた新検出器用高圧電源(下部)。

BL21 NOVAにおけるオンラインデータ処理システムの開発

  • 水素貯蔵基盤研究グループ

J-PARC MLFの高強度中性子全散乱装置NOVAでは、MLFの大強度中性子ビームを利用した微量試料の測定や、その場観察による試料の構造変化を測定することができる。NOVAで測定されたデータを実験中にモニターすることは、実験状況の把握やデータの統計量を評価する上で非常に重要である。また、実験中に測定データの補正をおこなうことで、構造因子S(Q)や二体分布関数g(r) を直接表示して確認することが可能となる。我々はオンラインモニターを始めとして、将来的にはS(Q)g(r) を実験中に導出するオンライン構造解析システムの実現を目指している。

夏のビーム停止期間中に我々は分散メッセージングによるオンラインモニターを開発した。分散メッセージングとは識別子とデータから構成される単純なデータ構造を計算機メモリ上で取り扱うソフトウェアを用いて、複数のプロセス間で処理を連携、分担することである。分散メッセージングを実現するソフトウェアは多く存在するが、我々はRedis(レディス) [1]による分散環境を構築した。Redisは計算機メモリ上にQueue(キュー)サーバーを設置することで、一旦Queueサーバーに保存されたデータを別プロセスが取り出し処理することができる。Queueサーバーに対してデータを保存するプロセスとデータを取り出すプロセスは互いに独立しているため、処理負荷の異なるプロセスが共存する環境で威力を発揮する。図1に我々が開発したオンラインモニターの概念図を示す。Queueサーバーにデータを保存するプロセスはHDDに保存されたイベントデータをオンライン的に処理してメッセージと呼ばれる小サイズのデータをQueueサーバーに保存する。そして、別プロセスがQueueサーバーからメッセージを取り出し、ビームプロファイルやI(λ)分布のオンラインモニターを実現する。これらのプロセスは独立性が高いので、互いのプロセスを阻害する可能性は非常に低い。現状では、検出器で生成したデータのみを取り扱うシステムであるが、Queueサーバーには例えば試料環境装置から出力された温度データ等を保存することもできるので、検出器データと装置データの相関をオンライン的に示すことも容易である。なお、検出器で生成したデータは既存のデータ収集ソフトウェアであるDAQ-Middleware [2] によってHDDに保存される。RedisはC/C++言語やPythonなど様々なコンピュータ言語をサポートするだけでなく、多くのユーティリティ関数群が用意されており、柔軟性に富んだ分散環境の構築を実現する。なお、開発されたオンラインモニターはプロトタイプであり、今後、MLF計算環境グループと連携し、さらに高度化されていく予定である。

図1 開発したオンラインモニターの概念図
Queueサーバーにメッセージを保存するプロセスとメッセージを取り出し処理するプロセスに分かれている。データをデコードする際に補正関数f(x)を用いることもできる。図中のビームプロファイルとI(λ)分布はNOVAの透過中性子ビームモニター用のオンラインモニターで取得されたものである。

図2に我々が開発したオンラインモニターの表示例として、NOVAの90度検出器バンクで取得されたI(d)分布とその経時変化およびd-Lsinθ相関を示す。NOVAのオンラインモニターは2016年11月のビーム再開に合わせて導入され、MLFの中性子ビームを用いたコミッショニングを開始した。また、同月に実施されたKEKサマーチャレンジ「秋の演習」や中性子・ミュオンスクールの実習においても実験データを確認する目的で使用され、参加した学生間の議論を深めるのに一役買うことができた。

図2 開発されたオンラインモニターの表示例
I(d)分布とd-Lsinθ相関は刻々とイベントが増加する様子が観察できる。経時変化の分布は直近の20分間のデータを表示する。

[1] Web site of Redis,http://redis.io.
[2] K. Nakayoshi, et al., Nucl. Instr. and Meth. A 600 (2009) 173.

論文リスト

学術誌

プロシーディングス

その他刊行物

受賞

第11回(2017年)日本物理学会若手奨励賞(Young Scientist Award of the Physical Society of Japan)

  • 2016-10-16

学会発表

Physics of X-Ray and Neutron Multilayer Structures Workshop 2016

日時:2016-11-10 - 2016-11-11
場所: Enschede, the Netherlands
主催・共催:Secretariat XUV Optics

研究会

S1型課題研究会

日時:2016-11-15 - 2016-11-15
場所:KEK, つくば市